ボブ ハルステッド :プロフィール 1944-2018
 英国で十代を過ごしたボブは、物理学と数学の学位を取った後、海に魅せられて、バハマに渡り、ナッソーにあるクィーンズ大学で物理学の教員としてキャリアを積みました。そこで彼はダイビングに魅了され、ダイビングインストラクターとなり、水中カメラを手に入れました。1973年にはパプアニューギニアに移り、サンゴ礁や難破船の系統的探査を開始し、現在の妻ダイナと出会いました。その後、1977年に現在もロロアタ島周辺でサービスを行っている「SOLATAI」というダイビングボートを購入し、パプアニューギニアで初めてのダイビングビジネスをスタートしました。当時、パプアニューギニアにダイビングリゾートというものが存在しない中、妻ダイナの出身地であるミルンベイで、キャンプを使ったダイビングサファリを実施しました。こうして、初めてパプアニューギニアでダイビングツーリズムを世に知らしめました。 この間に多くの写真を撮り続け、水中写真家に与えられる名誉ある賞である、Australasian Underwater Photographer of the year award を1983年と1986年に受賞しました。1986年、彼は、伝説的なダイビングクルーズ船「Telita」を購入し、ミルンベイにて、船に宿泊して移動しながら潜るというダイビングスタイル「LIVEABOARD DIVING」を始めました。 このランドベースではアクセスできない未知のエリアを船上に泊まり潜るというダイビングスタイルはアメリカではカールラースラーのプロモーションにより飛躍的に拡大し、現在のダイビングクルーズというシステムが世界中で確立しました。 ボブとダイナは、「Cousteau Society」 や「National Geographic」のコンサルタントとしてのダイビング活動も含め、パプアニューギニアで15,000本ものダイブを行い、この間に新種のカミソリウオやエソ等を次々と発見しました。 彼が発見したエソの一種である「Sand Diver Fish」は、ボブの姓に因んで「Trichonotus halstead」と、同様に、カミソリの魚の新種は「Xyrichtys halsteadi」と名づけられました。 また彼は、DINAH'S BEACHやOBSERVATION POINT等の水深5m程度のビーチで珍種の小物を見つけてじっくり楽しむという"マックダイビング"というダイビングジャンルを確立しました。現在多くのダイバーが、インドネシアやパプアニューギニア、フィリピン等ではマックダイビングで、一日に5〜6回同じ場所を潜ることもあります。ボブは、 このマックダイビングを通じて多くの貴重な生物の生態を世に送り出してきました。
 ボブは2008年に International Scuba Diving Hall of Fame 「ダイビングの殿堂」のメンバーに選出されました。メンバーにはクストー親子、日本人では舘石昭氏らが名を連ねています。ボブはフォトジャーナリストとしてダイビングや海洋生物の本を多数出版しており、本サイト説明の多くはボブの許諾のもと彼の著書「DIVIG SITE OF PAPUANEWGUINEA」を参照にして作成しました。残念ながら 2018年12月オーストラリアのケアンズにてなくなりました。

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